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私がサンフランシスコの自宅にいるときに耳にする心地よい音の一つは、階下に住むアーニーが観葉植物に水をやる音だ。普段の彼は優しくて大人しい男だが、呼吸困難に陥り正気を失うようなことが今までにも何度もあり、私がそのたびに救急車を呼んで彼を蘇生させていた。アーニーの部屋を訪れるたび、私は食卓の上に広げられた処方薬の多さに驚いてしまう(今日は23種類だった)。「孫の成長を見届けることができるかもしれない」という理由で、副作用があっても、これら全部を飲む価値がある、と彼は言う。
私がインドで会った人々はアーニーほど沢山の薬を服用してはいなかった。近くに家族がいてくれる幸運な人もいたが、悲しいことにほとんどの人はHIVに感染していることを誰にも話せないでいた。しかし、粗末な家屋が12軒並ぶ袋小路での事情は、それとは少し違っていた。一番貧しい家の7歳の女の子カルナを除いて、そこの住民は皆リラックスし、自然体だった。カルナはスキップしたり笑おうとしたりしても、病気のために気力が続かないのだった。彼女はCD4値が高いために、まだ治療の必要はないとされている。顔に蝿がたかっていても座ったまま無表情で動かず、横になりたがっていた。もし横になろうものなら、両親がカルナの頭をぴしゃりと打ち、意識をはっきりさせる。彼女が叩かれる度に私は身がすくむ思いだったので、「カルナァァ、カルナァァ、カルナァァー」とおかしなアメリカ訛りで名前を呼び、彼女を笑わせようとした。
カルナにはほとんど食べる物がなかった。彼女の父親モハン・ラオ は抗HIV治療を受けていて良くなりつつあった。働くこともできたが、上司に病気のことが知られて塗装の仕事を失ってしまったのだ。カルナの母親ヴェンカタもHIVに感染しており、唐辛子を摘む仕事に戻りたがっていた。そうすれば一日1.5ドル稼げ、食費の足しにできるからだ。
私は今、これを自宅で書いていて、アーニーの部屋からけたたましいテレビの音が聞こえる。娘のルビーに夕食を作ってやらねばならない。私はカルナを思い出し、彼女がまだ生きているだろうかと心配で悲しくなる。親はみんな自分の子供が心配だし、子供を残して死ぬのは不安に思うものだ。私は、「ルビィィ、ルビィィ、ルビィィー」と叫べば娘が笑うことがわかっている。なんて幸せなのだろう。
― ジム・ゴールドバーグ |